だぶるけいの活動日記♪

その日、ふと思ったことや感じたこと、また気付いたことなどを何となく書き留めている日記のようなものです・・・

だいぶ前の話なんですが・・・

狭山市を通りすがったとき・・・

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「堀兼の井」で有名な(但し、地元での話ね^^;)『堀兼神社』に行ってきました♪

狭山市のHPによると・・・

社伝によれば、日本武尊が東国平定の際、当地において水がなく、苦しむ住民を見て、水を得ようと富獄(富士山のこと)を遥拝(ようはい)し、井戸を掘らせ、水を得ることができたため、浅間社を祭った、と創祀を伝えています。
境内にある旧跡「堀兼之井」は県指定文化財であり、「随身門及び二神像」は、市指定文化財です。元旦祭、春祭、秋季大祭、天王さまには堀上囃子が奉納されます。
 境内社には、小御嶽神社、下浅間神社、八坂神社、井上稲荷神社、日枝神社、金毘羅神社、天満宮などがあります。

それらを踏まえて早速見てみましょう♪

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入口で手洗い場の龍さんが見張ってました(^^;

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境内にも神社の由来が書かれた看板がありました♪

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(市指定文化財の)随身門です。

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上部の彫刻が色鮮やか(^^)

門内には2体の神像(ニ神像)が。

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右側は矢大神(豊磐間戸命)で・・・

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左側は左大神(櫛磐間戸命)です。

狭山市HPの解説ページによると・・・

随身門は単層入母屋(いりもや)造りの八脚門で、桁行(けたゆき)は6.85m、梁間(はりま)は4.12mです。朱塗りの門の両側には彩色を施した神像が安置されていますが、向かって右側が豊磐間戸命(とよいわどのみこと)、左側が奇磐間戸命(くしいわまどのみこと)で、俗に矢大神(やだいじん)・左大神(さだいじん)と呼ばれています。
 随身門(ずいしんもん)は神社の外側にある門のことで、寺院でいう仁王門(におうもん)に該当します。市内唯一のこの門は、万延元年(1860)に両神像の塗り替えをしたとの記録が残っているので、江戸時代後期には創建されていたと推定されています。

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だいぶ色あせてますが(^^;境内にある随身門及び二神像の解説です。

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門を潜り、この階段を登って行くと・・・

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途中でコマ犬さんが睨みを効かせてます(^^;

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登りきった場所にあるのが神殿です。

神殿右手の階段を下りて行くと・・・
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途中に小御岳神社があります。
写真には写っていませんが右に『五合』と書かれていました。

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降りきった所には下浅間神社が。
左手前に『一合目』と書かれています。

冒頭の解説看板に「浅間神社を創建したのが始まり」と書かれていた意味がこれで分かりました(^^)

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そのそばにあるのは、お札納め所。

この建物は・・・
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神楽殿かな?

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境内社の天満宮。

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そばにあった天満宮の改築記念碑。

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境内中程にある御神木。
地面にはモグラたちが掘ったと思われる穴がたくさん開いていましたが(^^;



堀兼神社の一番の見所と言えば・・・

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左手奥にある『堀兼の井』
県指定文化財です。

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解説看板によると、「この井が堀兼の井である確証は無い」ものの、「江戸時代から史跡として知られた場所であったことは間違いない」、と言う微妙な言い回しになっていました。

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高所から見た井戸全景。
直径7.2m、深さ1.9mです。

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柵で囲まれているんですが・・・

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近くで見たら、萬延元庚申年八月建立と書かれています。

後で調べたら萬延元年は1860年。
どうやら150年以上前に建立されたものらしい。

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井戸UP。

中央には石組の井桁(いげた)があるそうなんですが、枯葉だらけでほとんど見えませんでした(^^;

井戸のそばには2つの石碑がありました。

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左奥の石碑。

宝永5年(1708)3月に川越藩主の秋元喬知(あきもとたかとも)が、家臣の岩田彦助に命じて建てさせたものです。そこには、長らく不明であった「ほりかねの井」の所在をこの凹(おう)形の地としたこと、堀兼は掘り難(がた)かったという意味であることなどが刻まれています。しかし、その最後の部分を見ると、これらは俗耳にしたがったまでで、確信に基づくものではないともあります。(以上HPより抜粋)

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手前にあったもうひとつの石碑。

天保13年(1842)に堀金(兼)村名主の宮沢氏が建てたもので、清原宣明(きよはらのぶあき)の漢詩が刻まれています。(同上)

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境内には普通の井戸もありました。

・・・ってな感じで堀兼神社探索、終了~♪
色鮮やかな随身門と堀兼の井が見所の堀兼神社。

お近くをお通りの際は是非、立ち寄っては??



所在地
狭山市大字堀兼2220番地の1
堀兼神社
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